一投に賭ける
『一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート 上原善広 角川文庫』
本書は、やり投げで幻の世界新記録を打ち立て、また、いまだに破られていない日本記録を保持している溝口和洋さんについて書かれています。
欧米人に比べて肉体的に劣る日本人が、どのようにしてそのような記録を打ち立てることができたのか。
やり投げの専門的な話は全く分かりませんでしたが、その秘密は以下の2点に集約されると思いました。
①やり投げの常識をすべて疑い、新しい技術を開発した
常識とされてきたトレーニングと技術を一度バラバラに解体し、一つずつ試しながら再構築した。誰かが言ったことや陸上界で常識と言われていることは、本当かと必ず疑問に思うようにして、自分で実践して納得するまで取り入れなかった。例として、「後ろ向きで走ると遅くなる」という常識を、実際に後ろ向きに走って確かめてみたとのこと。
②尋常でない練習量
欧米人に肉体で負けないように、練習はウェイトトレーニングがほとんどを占めた。全日本レベルの選手の三倍以上の質と量。12時間ぶっとおしでトレーニング後、2,3時間休んで、さらに12時間練習したこともある。24時間トレーニングに挑戦したこともあった。ウェイトの総重量が1日100トンを超えることもあったとのこと。
私には、リラックスについて書かれたところが参考になりました。リラックスすることは力を抜くことではないと書かれています。抜粋します。
「投げる前はリラックスしろ」というのは全くの誤解だ。これは全ての競技に通じることだと思う。真のリラックスとは、「力は入っているのだが、自分では意識していない状態」のことを指す。
やり投げをしていない人でも、スポーツで高いレベルを目指している方であれば、本書にはさまざまな発見があると思います。しかし、あまりにもすごすぎて、常人にはとてもまねできるものではありません。純粋に物語として楽しむのも良いのではないでしょうか。
また本書は、作者の上原さんの18年間にわたる取材の集大成であり、そこにも敬意を表したいです。それを何の労もなく読めてしまうのが申し訳ないと思ってしまいます。
(投稿者:斉藤 揚三)