転倒しても歩かせる同意書
施設で歩かせない理由として、「勝手に歩いて転倒して、骨折でもして歩けなくなったら大変だ」というものがあります。しかし、歩かせないで座りっぱなしでいると、足腰が弱くなって歩けなくなってしまいます。「歩けなくなったら大変だ」から始まったのに、結果として歩けなくなるわけです。これでは本末転倒ではないでしょうか。「転倒して骨折し歩けなくなる」ことと、「歩かせないことで廃用が進み歩けなくなる」ことは、歩けなくなるという点では同じです。
一方で、立つ・歩くのには、体の様々な器官に生理的に多くのメリットがあり、人としての尊厳を守ることにもつながります。また、認知機能にもよい影響を及ぼします。つまり、「歩かせない→廃用が進み歩けなくなる」よりも「転倒→骨折→歩けなくなる」方がマシとも言うこともできます。
そういうわけで、「転倒のリスクがあっても歩かせる」という選択肢があってもよいのではないかと思っています。
しかしそうは言っても、「転倒して怪我をした場合、責任を負わなければいけない」と考えるとなかなか歩かせられないので、入所前に、「転倒しても歩かせる同意書」をとるのがいいのではないかと思います。
同意書の文面を勝手に考えてみました。
当施設は、その人がその人らしくあるために、身体拘束はせず、自由に歩いてもらうという方針で運営しています。転倒には十分注意を払いますが、常に見守れるわけではないので、転倒して怪我をしてしまう可能性があります。怪我の程度によっては歩けなくなる可能性もありますが、当施設では転倒の可能性をゼロにすることよりも人間の尊厳の方を重視しています。転倒によって生じた損害に関しては補償できかねますのでご了承ください。
こういった同意書にサインしてもらっていれば、ある程度安心して歩かせることができます。もちろん、転倒予防は大事ですし、医師としてもできることはいろいろとあります(→転倒を予防するためにできること)。医師としてはそれを最大限行い、施設としては転倒しないように注意するのは当然ですが、転倒を完全になくすというよりも、ある程度の転倒リスクはご理解いただいたうえで、積極的に立たせる・歩かせる方針の施設が増えてくれればいいなと思っています。
(投稿者:斉藤 揚三)